東京高等裁判所 平成2年(ネ)572号 判決 1990年9月17日
控訴人 永楽信用金庫
右代表者代表理事 小池要
右訴訟代理人弁護士 大井勅紀
被控訴人 井上光司
主文
一 原判決を取り消す。
二 被控訴人は、控訴人に対し、金二一二万一一九一円及びこれに対する昭和六一年二月一日から支払ずみまで年一八・二五パーセントの割合による金員を支払え。
三 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
四 この判決の主文第二、三項は、仮に執行することできる。
理由
一 請求原因1、2の事実は当事者間に争いがない。
二 被控訴人の抗弁について
被控訴人は、本件貸付けが実行される当日の朝、控訴人の融資係長に対し、本件融資の実行を中止して欲しい旨申し入れたが、控訴人は何ら調査することなくこれを実行したのであるから、連帯保証人である被控訴人に対し本件請求をすることは許されない旨主張する。
よつて、検討するに、≪証拠≫並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
1 訴外会社は、昭和六〇年四月一五日控訴人に対し運転資金(原材料の仕入加工賃の支払)にあてるため金三〇〇万円の本件融資の申込みをした。訴外会社は以前にも、同年一月一九日控訴人から同様に運転資金の目的で金三〇〇万円を返済期日同年四月一〇日として借入れをし、右借入金については期日に多少遅れたものの返済されていた。控訴人は、本件融資に当たり、訴外会社の業績、信用状況、資金繰り等を調査したが、訴外会社は、当時新製品を開発して業界紙にとりあげられるなど業績を挙げつつあり、その資産及び信用状況等に不安は認められなかつたので、内部決済を経て同月二〇日を実行日として手形貸付の方法により融資を実行することとして訴外会社に連絡した。そして同月一九日に控訴人は訴外会社から予め同社振出の額面三〇〇万円の約束手形一通の交付を受けたが、右手形には訴外会社代表取締役である池津幹男とともに被控訴人が個人的に手形保証をしていた。
2 ところが、融資実行日の午前九時ころ、被控訴人は控訴人に対し、訴外会社は融通手形のやりとりをしているらしく、不安があるので今回は融資して欲しくない旨を申し入れた。被控訴人は、当時訴外会社の開発部長として池津とともに水産物包装紙の開発に従事していたものであるが、訴外会社と控訴人の間の信用金庫取引契約は被控訴人の紹介により始まつたといういきさつがあり、本件融資の申込みにあたつても、被控訴人は資金調達の必要を理解し、手形保証人として署名押印もすませていた。しかし、他方、当時訴外会社を中心にして水産物の共同加工組合を作る話が進行中のところ、被控訴人は、知人から訴外会社は資金不足で組合を作るのは困難と言われたことから、急に訴外会社に不安を抱くに至り、急いで前記のような申入れに及んだのであつた。
3 そこで、控訴人は直ちに電話で訴外会社代表者池津幹男に対し、被控訴人からの申入れの旨を伝え、事情を問い合わせたところ、池津は控訴人がそのような電話をした理由が判らないとの返答であつた。その後控訴人は、控訴人方に来店した池津から再度事情を聴取した結果、被控訴人による申出の理由や根拠が不明であり、本件融資の実行に支障となるべき信用不安や事情変更等はなく、本件において訴外会社との約束に従つて融資を実行することが手形不渡り等を防ぐために必要であるとの判断に達し、右判断に基づいて控訴人は本件貸付けを実行した。
4 訴外会社は本件融資にかかる金三〇〇万円を期日に支払わなかつたが、訴外会社が実際に倒産したのは本件貸付実行から一年半後の昭和六一年九月一七日である。
以上の事実を認めることができる。
右の事実によれば、被控訴人は、訴外会社の内部者であつて、事業の円滑な運営について池津と共通の利益をもつ立場にあつた者であり、自ら手形保証をして本件融資の実現に協力する姿勢を示していたのに、貸付日当日の朝突然に確固たる理由の説明や資料等の提示もなく、一方的に融資をして欲しくない旨を申し出たのであり、これに対して控訴人は、池津から事情を聴取した上、本件貸付に支障となるべき信用不安や事情変更等はないとの判断のもとに予定どおり本件貸付を実行したのであつて、右事情のもとにおいては、連帯保証人である被控訴人からの融資中止の申入れに応ずることなく融資を実行したとしても、控訴人において連帯保証人である被控訴人に対し保証債務の履行を求めることは何ら信義則に反するものではなく当然許されるものというべきである。
なお、被控訴人の右融資中止の申入れは、融資をしてももはや保証人の責任を負わない旨の、継続的保証解約の申入れの趣旨を含んでいるものと解されないことはない(被控訴人はそのように主張している。)けれども、本件においては、前記認定の事情からは、保証人の主債務者に対する信頼関係が害される等、解約申入れをするにつき相当の理由がある場合に当たるということはできないから、保証契約の解約の効果は生じない。
したがつて、被控訴人の抗弁は理由がない。
三 以上の次第で、控訴人が被控訴人に対し連帯保証契約に基づき貸金残金二一二万一一九一円及びこれに対する昭和六一年二月一日から支払ずみまで約定の年一八・二五パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める本訴請求は理由があるから認容すべきである。よつて、これと結論を異にする原判決を取り消し、控訴人の請求を認容
(裁判長裁判官 藤井正雄 裁判官 伊東すみ子 永田誠一)